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【怖い話|短編】亡くなった息子と繋がる電話

亡くなった息子と繋がる電話
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亡くなった息子と繋がる電話

茨城県某所、人気のない場所にぽっつんと佇む公衆電話。その電話は、噂によると死者と話しができるという。あまり表立って話題にはなっていないが、地元では誰もが知るほど有名で、誰も近寄りたがらないという。

公衆電話がぽつんと佇む風景

つまり、利用者は霊界と繋がりたい人だけだということだ。

私は半年前に交通事故で息子を失った。息子はまだ8歳だった。

交通事故を悼む家族の様子

信じられない現実と今まで当たり前だった日常の間で、私も妻も何もやる気が起きない日々を過ごしていた。「このままではダメだ」と頭で考えても、心が追いつかない。私たちの心は半年前に置き去りのままだ。

そんなある日、私はその公衆電話の噂を聞きつけ、妻と一緒に行ってみることにした。あの安らぎをくれる声が聞きたい一心だった。

目的地までは車で1時間半。妻も私も無言だ。もう少しで息子の声が聞けるかも知れないと思うと、思い出が頭の中を駆け巡る。妻も同じだったんだと思う。

公衆電話へのドライブ

息子は人見知りをしない性格だった。誰とでも話し、誰とでも仲良くなる。そんな性格だったため、いろんな人に可愛がられた。親からすると他人と距離が近いことは心配の種でもあったのだが、私は息子のそんな性格を誇りにも思っていた。

特に私の父(息子の祖父)とは仲が良く、小さい頃は毎日のように遊んでいた。祖父も小さな親友ができたようで一緒に遊んでは一緒に笑い転げていた。いつも私ではなく、祖父の膝の上に乗り本を読んだりテレビを見たり、そのまま寝てしまったり。本当に仲が良かった。

縁側で日向ぼっこをする60代の日本人のおじいちゃんと赤ちゃん。

そんな祖父もいい歳だったため、息子が6歳になったばかりの頃他界した。息子はそれはそれは沢山泣いた。毎日泣きながら眠りにつく。朝起きると祖父の死を再認識してまた泣く。

祖父が亡くなったことも私には悲しいことなのだが、息子が私の父を愛していた事実を目の当たりにすると、私では埋められない愛情の隙間ができてしまったようで、辛くもなった。

茨城県に入り高速を降りると、少し風が冷たく感じた。3月とはいえまだ夜は冷える。目的地まであと20分程度。「話せたら何を話す?」と妻に問うと、しばらく考え込んで泣き出してしまった。不用意だったかも知れない。きっと私も妻も二人とも、息子に対し「ごめんね」と沢山謝ってしまうのだろう。

目的地に到着すると、周囲は予想以上に静まり返っていた。虫の鳴き声も聞こえない。無音の中にぽっつんと佇む公衆電話は、まるで別世界の入り口のようにも見えた。その電話の周りだけが、時が止まったように感じられる。妻と私は手を握り合い、互いに励まし合うように電話へと進んだ。

受話器を取り上げる。瞬間、私の心臓は異常なほどに早鐘を打った。妻が私の腕を強く握りしめる。静かな夜の中、電話のダイヤル音。1回、2回…受話器から漏れたコール音が無音の公衆電話に響く。最初の数回のコールは、私たちの緊張を一層高めた。そして、突然受話器の向こうから声が聞こえてきた。

「パパ、ママ、会いたかったよ!!」

間違いない。私たちの心を緩める、息子の無邪気なあの声だ。笑顔まで思い出させる。

「大丈夫だよ。こっちは楽しいよ。おじいちゃんといっぱい遊んでる。」その声を聞いた瞬間、妻と私の目からは止めどない涙が流れた。

公衆電話での会話

息子の声は変わらず明るく元気だった。その声には安堵感と同時に、深い悲しみも感じられた。私たちは声を詰まらせながら、息子に話しかけた。「助けて…あげれなくて…ごめんね…もっと一緒にいてあげられなくて…。」

息子は笑った。「ありがとう。僕はね、パパとママのこと世界で1番大好きだよ。だから悲しまないで。おじいちゃんもいるし僕は寂しくないから大丈夫だよ。」その後、受話器からは祖父の声も聞こえてきた。

「孫のことは心配しなくてもいい。こっちでしっかり面倒を見ている。そんなことよりしっかりしろ。生きてる人間がそんなでどうするんだ。お前たちも元気を出して生きていくんだぞ。」説教くさいのも変わらないようだった。

通話が終わり、受話器を戻す。私たちは何故か心が軽くなっているのを感じた。帰りの車内も無言だったが、この無言は悲しみではなく、ある種の満足感と安堵で満たされていたと思う。

公衆電話での経験から、私たちは確かに何かが変わったと思う。

翌日、二人で事故現場に花を添えに向かった。花を添え、息子の魂がやすらかに眠れるように祈る。隣で妻が僕に話しかけてきたんだ。「今日のお昼はハンバーグにしない?息子の大好きだったハンバーグ。」

事故現場への花の供え

その公衆電話はいまでも、ぽつんと佇んでいると聞いた。

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