崖っぷちに消えた幼き魂
福井の東尋坊。切り立った断崖絶壁が日本海の荒波に削られる様は、息を呑むほどの絶景だ。しかし、この美しい景観の裏には、地元の人々を震え上がらせる、ある少年の幽霊の噂が深く根付いている。
その少年は、まだ幼い頃に東尋坊で両親とはぐれ、帰らぬ人となった。以来、夜の帳が下りると、彼は親を探し求めて崖の上を彷徨い歩くという。
ある晩、東尋坊の駐車場で警備員をしていた男性は、閉門後に不審な物音を聞いた。懐中電灯を手に音のする方へ近づくと、薄明かりの中に小さな男の子の姿が見えた。男の子は、警備員に気づくと「おじちゃん、お父さんとお母さん見なかった?」と尋ねた。驚いた警備員が「こんな時間に何してるんだ?」と問いかけると、男の子は急に悲しそうな顔をして「迷子になっちゃったの…」と呟き、そのまま闇の中に消えてしまった。
地元の漁師の間では、夜中に漁に出ていると、海面にぼんやりと光るものが見えることがあるという。それは、少年が提灯を手に持ち、両親の名前を呼びながら海の上を彷徨っている姿だと囁かれている。ある漁師は、その光に近づいてみると、急に海が荒れ始め、船が転覆しそうになったという。恐怖に駆られた漁師は、必死で岸に戻り、それ以来、夜漁に出ることはなくなった。
東尋坊の崖の上には、小さな祠がある。地元の人々は、そこに少年の霊を慰めるために、色とりどりの風車や、彼が大好きだったというラムネ菓子を供えている。風車がカラカラと音を立てて回るたびに、少年の寂しそうな声が聞こえてくるような気がする、と地元の老婆は語る。
また、東尋坊には、ある有名な心霊写真が存在する。それは、崖の上で撮影された集合写真で、よく見ると、大人たちの足元に、少年が寂しげな表情で佇んでいる姿が写っているという。この写真は、地元の新聞にも取り上げられ、大きな話題となった。
これらの話は、あくまでも噂に過ぎないかもしれない。しかし、東尋坊を訪れる人々は、どこか不安な気持ちを抱きながら、美しい景色を眺めている。もしかしたら、自分たちも少年の霊に遭遇するかもしれない、と。
そして、少年の霊は、今日もどこかで両親を探し続けているのだろうか。それとも、もうこの世を離れ、安らかな眠りについたのだろうか。その答えを知る者はいない。ただ、東尋坊の美しい景色の中に、少年の悲しみが深く刻まれていることだけは、確かだ。
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