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【怖い話|短編】呼ぶ影

呼ぶ影
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呼ぶ影

夜が更け、深い山々の闇が一層濃くなるころ、山奥の古い一軒家に住む老夫婦のもとに、一通の手紙が届いた。

手紙が届くシーン

誰が届けたのかもわからないその手紙には、ただ「助けてください」という一言と、山中の地図が描かれているだけだった。手紙の紙質は湿っぽく、インクは古びているようにも見える。だが、その文字には何か切羽詰まったようなものが感じられた。

「こんな夜更けに一体誰が…?」と、妻が不安げに呟くと、夫は「何かのいたずらかもしれないが、もし本当に困っている人がいるなら、見捨てるわけにはいかない」と真剣な顔で答えた。

結婚して50年、夫婦はお互いに相手の性格を知り尽くしていた。だからこそ、妻も結局は頷き、心配を押し隠して夫に従うことにした。

彼らは懐中電灯を手に取り、しっかりと防寒具を身につけて家を出た。

山道は険しく、夜風が冷たく頬を打つ。道中、ふとした物音や葉の揺れる音が不気味に響き、妻は何度も「やはり帰りましょう」と言いたくなった。しかし、夫の強い意志を感じ取った彼女はその言葉を飲み込み、二人で黙々と地図の示す道を進んだ。

山道を進むシーン

歩き続けるうちに、夫婦は徐々に山の奥深くへと入り込んでいった。

周囲の木々はやがて異様に背が高くなり、月明かりさえ届かなくなった。道を照らす懐中電灯の光が細い束となり、目の前のわずかな地面だけを照らす。妻がふと辺りを見回すと、木々の間から何かがこちらを見ているような錯覚に襲われ、背筋に冷たいものが走った。

「何か、いる…?」と囁く妻の声に、夫も一瞬立ち止まった。耳を澄ますと、風もなく、虫の声さえ聞こえない静寂が耳を圧迫してくるようだった。何か得体の知れないものが潜んでいるような、不安が胸を締め付ける。

やがて地図の終点にたどり着いた彼らの前には、木々に覆われた古びた山小屋が見えた。

その小屋はまるでこの山に取り込まれたように、苔に覆われ、窓も曇っている。小屋の周囲には人の気配はない。彼らが息を整えて近づくと、かすかに中から子供の泣き声が聞こえてきた。それは薄く、か細く、山の風に乗って漏れ出てくるようだった。

古びた山小屋に到着するシーン

「大丈夫か?誰かいるのか?」と、夫は懐中電灯の光を小屋の窓に向け、声をかけた。だが、中からは応答はない。泣き声だけが続いている。

妻が不安そうに夫の袖を引っ張る。「もう、帰りましょうよ…なんだか、嫌な感じがするわ。」

しかし夫はその不気味な雰囲気を感じつつも、泣き声の主を見捨てることができなかった。「ここまで来たんだ。もう少しだけ様子を見てみよう。」彼はそう言うと、山小屋の扉を押し開けた。

扉がきしむ音と共に開かれると、古びた木の匂いと、何か湿った空気が彼らを包んだ。中は思った以上に広く、冷たく湿った空間が広がっていた。夫婦が懐中電灯を振り回すと、光の先に古い家具や埃まみれの床が見えた。泣き声はその奥から聞こえる。

「誰か、いるのか?」夫が声をかけながら奥に進むと、泣き声が徐々に遠のいていくような気がした。まるで、何かに誘われるかのようだった。妻は不安に駆られ、後ろを何度も振り返りながら、夫にしがみつくようにして進んだ。

そして、彼らが奥に進んだ瞬間だった。背後でバタンと重い音が響いた。振り返ると、扉が閉まっていた。驚いた夫婦が慌てて戻ろうとするも、扉はびくともせず、開かない。妻が「出られない…どうしよう、どうしよう…」と震えながら訴えるが、夫も焦りを隠せない。

その時、ふと闇の中から低い囁き声が聞こえた。

「ここへ…来てくれて、ありがとう…」

その声は、どこかで聞いたことがあるような、しかし決して聞いたことのないような不気味な響きを持っていた。

彼らが慌てて光を向けると、そこにはぼんやりとした人影が立っていた。その影は、まるで霧のように輪郭が曖昧で、顔立ちも不明瞭だった。

影の出現シーン

だが、影がゆっくりとこちらに向かってくるにつれ、その顔が次第に変わり始めた。それは、彼ら自身の顔だった。自分たちの老いた姿がそこに浮かび上がっている。目の前にいるのは、まさに自分たち自身なのだ。

「どうして…?これは夢か…?」夫が混乱し、後ずさると、影は笑うように口元を歪めた。そしてそのまま二人に向かって手を伸ばし、冷たい手が彼らの肩を掴む。

次の瞬間、夫婦の視界は真っ暗になり、意識を失った。

囚われのシーン

夫婦が目を覚ますと、彼らは薄暗い山小屋の中に横たわっていた。外はもう朝日が差し込み始めているはずなのに、窓からは一切光が入ってこない。周囲を見回しても、出口はどこにも見当たらない。全てが歪んで、どこにいるのかさえわからなくなっていた。

彼らは必死に叫び声を上げ、助けを求めたが、声はどこにも届かない。ふと窓の外を見ると、遠くから誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。見覚えのある山道を登ってくるその姿…それは、手紙を手にした新たな者たちだった。

夫婦はその姿を見て愕然とする。自分たちと同じように助けを求め、迷い込んでくる者たち。そのたびに、誰かがここに囚われ、影のように姿を変えていくことを、彼らはようやく理解した。

だがもう、遅かった。

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