【怖い話｜短編】終戦記念日の夜

終戦記念日の夜

終戦記念日、8月15日の夜、町は普段とは異なる不気味な静寂に包まれていた。香織はその夜、友人たちが帰った後も一人で自宅に残り、夜の静けさに耳を澄ませていた。友人たちが帰った後の寂しさと、どこか胸の奥に広がる不安感が、彼女を不安定な気持ちにさせていた。

夜が更けるにつれ、町全体が重々しい空気に包まれていく中、突然外から人の声が聞こえてきた。「助けて…」最初はかすかな囁きのようだったが、その声は次第に大きく、明瞭に響くようになった。香織は不安な気持ちを抱えながらも、窓の方へと歩み寄った。

窓の外には、夜の闇に溶け込むように立つ古びた軍服を着た兵士が見えた。彼の姿は霧の中からぼんやりと浮かび上がり、その顔は異様に青白く、まるで生気が抜けたかのように虚ろな目をしていた。兵士は香織をじっと見つめ、冷たく乾いた声で「助けて…」と繰り返した。

恐怖に駆られた香織は、急いで窓を閉めようとしたが、その瞬間、窓ガラスの内側に突然現れた無数の手形に気づいた。手形はまるで内側から押し付けられたかのように次々と浮かび上がり、その数はどんどん増えていった。部屋の温度が急激に下がり、香織は震える手で窓を閉めた。

しかし、それで終わりではなかった。部屋の中からも同じ声が響き始めたのだ。「助けて…」振り返ると、そこには兵士が立っていた。彼の姿は明らかにこの世のものではなく、彼の身体は時折揺らめくようにして不安定な形状を保っていた。兵士はゆっくりと香織に近づき、その冷たい手を伸ばしてきた。

香織は恐怖に凍りつき、動くことができなかった。兵士は彼女の耳元で「助けて…」と囁いた。その瞬間、兵士の顔が一瞬で崩れ落ち、黒い液体が滴り落ちた。香織は叫び声を上げて逃げようとしたが、足が床に貼り付いたように動かない。周囲には次々と別の兵士たちが現れ、彼女を囲んでいった。

彼らの姿は皆異様に長い手足を持ち、腐敗した顔で香織を見つめていた。その目には深い怨念が宿っており、彼らが香織を解放するつもりはないことがすぐに理解できた。香織は強烈な恐怖と寒気に襲われ、逃げ場がないことを悟った。

兵士たちが一斉に香織に手を伸ばした瞬間、彼女は意識を失った。

目を覚ましたのは翌朝、自宅の床の上だった。部屋は静まり返っており、まるで何事もなかったかのように見えたが、窓ガラスには無数の手形が残り、床には黒いシミが点々と付いていた。

香織はその夜の出来事が現実であったことを証明するかのようなこれらの痕跡に怯え、誰にもこの話をすることはなかった。しかし、終戦記念日が近づくたびに、あの兵士たちの姿が頭をよぎり、恐怖が彼女を支配するようになった。

その夜以来、香織は終戦記念日の夜には決して窓を開けなくなった。そして、あの兵士たちの囁き声が再び聞こえてくるのではないかと怯えながら、静かに息を潜めて夜を過ごしている。今でも、夜の闇に紛れてあの青白い顔が再び現れるのではないかという恐怖に苛まれ続けているのだ。