加護の石
父は少年時代、群馬県の山奥にある小さな村で過ごしました。
父の住んでいた村はキャベツが美味しく、出荷量も多かったため、裕福な家庭が多くありました。
田舎ではありましたが、子供の数も多く、近所の同年代の子供だけでも数十人いました。父は特に、隣の家のA兄ちゃんと一緒に冒険ごっこをするのが大好きでした。
村の外れにはすぐ山道があり、きのこが豊富に収穫できるため、大人たちは頻繁にその山道を歩いていました。しかし、子供たちにはその山道のすぐ脇にある獣道に近づくことを厳しく禁じていました。その獣道の先にある廃神社には、神が見捨てた後に魔物が住み着いたと言われていたからです。
ある日、父はA兄ちゃんや他の友人たちと一緒に、大人たちから「近づいてはいけない」と言われ続けていた廃神社へと、無意識のうちに足を踏み入れてしまいました。彼らの目的は冒険ごっこであり、廃神社を目指したわけではありませんでした。
社は朽ち果てていましたが、深い緑に覆われたその幻想的な姿に、父たちは思わず見とれてしまいました。静寂に包まれたその場所に近づくと、社には三つの石が飾られているのを見つけました。
父はその中の一つ、手のひらに収まる滑らかな石に手を伸ばしました。石に触れた瞬間、父は心が穏やかになる不思議な感覚に包まれました。そして、その石をポケットにこっそりと滑り込ませ、家に持ち帰ってしまいました。
その夜、父はお風呂から上がり、ゆっくりと過ごしていました。しかし突然、身体を冷たい寒気が襲い、「風邪でもひいたのかな?」と思いつつ、早めに床に就くことにしました。
眠りについた父は夢を見ました。夢の中で、彼が住む村を修験者たちが錫杖を鳴らしながら列を成して歩いている姿がありました。彼らは村の一軒一軒を訪れ、次から次へと家を巡っていきました。そして、遂に彼らは父の家にやってきました。本能的に危険を感じた父は身を隠しましたが、修験者の声が聞こえてきます。「加護の石を持ち帰ったのはこの家か?」
その声で父は目を覚ましました。「あの石を探しているんだ…」と冷や汗が流れ、喉の渇きを覚えます。台所へ向かい、冷たい水を一気に飲み干しました。
そのとき、玄関のドアが激しく叩かれる音が響き渡りました。ガラス張りの引き戸が叩かれると、その音は心臓に悪いほど大きかったのです。
恐る恐る、「どなたですか?」と声をかけます。すると、夢で聞いたのと同じ声が答えました。「加護の石を持ち帰ったのはこの家か?」父はその場に崩れ落ちるようにして動けなくなり、助けを求めようと両親を呼ぼうとしましたが、声が出ませんでした。「やはりこの家だな」という声が再び聞こえてきました。
その声が聞こえた後、外は再び静寂に包まれました。
父は、この事態をどうにかしなければならないと感じ、村の古老を訪ねました。古老は父の話を静かに聞き、そして深いため息とともに、石の真実を語り始めました。
「その石は、我々の村を守るための加護の石だ。魔物が廃神社から出てこれないよう封印の役割をになっていたのだが、二つの加護の石が無事だったのが幸いだったな」
どうやら父親が持ち帰った石は魔物を閉じ込める役割を担っていたようで、もし残りの二つの石も持ち帰っていたり動かしたりしていたら村は壊滅的な被害を受けていただろうとのことでした。
古老の導きで、父と数人の村人たちは、廃神社へと向かいました。石を元の場所に戻すための儀式を行うことになりました。神社の前で、古老は静かに祈りを捧げ、父は石を丁寧に元の位置に置きました。
儀式が終わると、不思議と周囲の空気が変わったように感じました。その年の秋には、村はかつてないほど豊かな収穫を迎えたそうです。
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