無音の通り
男は新しい仕事のために小さな田舎町に引っ越してきたばかりだった。
町は小さく、人々は親しみやすい。しかし、町のある部分には奇妙なうわさがあった。その地域には「無音の通り」と呼ばれる場所があり、一度その通りに足を踏み入れると、どんな音も聞こえなくなるというのだ。
男はその話を半信半疑で聞いていたが、ある日、興味本位でその通りを訪れることにした。
日中、明るい太陽の下、彼は通りに入った。最初は普通の静かな通りと変わらないと思った。しかし、数歩歩き進めるにつれ、徐々に周囲の音が消えていった。鳥の声も、風の音も、自分の足音さえも。
完全な無音の中で、男は不安を感じ始めた。そして、ふと気がつくと、通りの突き当たりに老婆が一人座っていた。
彼女は男に気付くと、静かに手招きした。言葉は交わされなかったが、何となく彼女について行くよう促されている気がした。
老婆は通りの一軒の古い家に入っていった。男も後を追う。家の中も外と同じく、全く音がしなかった。家具はほこりをかぶっており、長い間誰も住んでいない様子だった。
老婆は家の奥の部屋に向かい、そこで立ち止まり、壁を指さした。壁には古びた写真が何枚か掛かっていた。その中の一枚には、見覚えのある顔が…それは男自身の写真だった。
写真の中の彼は、明らかに何十年も前の服装をしており、背景にはその古い家の同じ部屋が写っていたが、窓から見える景色には明らかに現代のものと異なる古い町並みが見える。まるで時間を超えたかのような不思議な写真で、彼の過去やこの場所との深いつながりを感じさせる。
彼は驚愕し、何か言おうとしたが、声は全く出なかった。老婆はゆっくりと振り返り、彼をじっと見つめると、唇を動かして何かを言おうとしているようだったが、音は一切聞こえない。
恐怖のあまり、男は家から飛び出し、無音の通りを走り抜けた。通りを出ると、突然に周囲の音が戻ってきた。彼は振り返るが、老婆の姿はもうどこにも見えなかった。そして、それ以来、男は再びその通りに足を踏み入れることはなかった。
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