修羅の面
私の家には、代々伝わる仮面があります。
歴史的にも金銭的にも価値はありませんが、不思議と代々受け継がれてきました。その出自は誰にもわかりません。ただ一つ、明確に伝えられているのは「絶対に着けてはいけない」ということ。
普段、この仮面は当主である父によって厳重に保管されています。しかし、正月の三ヶ日だけは、一族の繁栄と安泰を願って、日当たりの良い場所に掲げられるのが慣わしでした。
僕が中学生の頃、父の弟の叔父が僕に「仮面を着けてみないか?」と話を持ちかけてきました。彼は事業に失敗し、借金を抱え、家族にも見放される生活。人生のどん底を味わっていました。酒に溺れ、喧嘩を繰り返す日々。前歯も残っておらず、パチンコばかりやっている彼の姿は決して憧れる存在ではありませんでした。
「あの仮面を着けると、今までの価値観がひっくり返り、この世が天国のように感じるんだ」と。根拠のない、夢で見たという話でしたが、彼の目は真剣そのものでした。僕は何度も彼を引き留めました。しかし、彼は聞く耳を持ちません。
父により厳重に保管されていた仮面の場所を叔父は知っていました。叔父はそっと仮面を手に取ると、口角があがりました。そして、彼は仮面をつけました。その瞬間、叔父の叫び声が響き渡り、その後彼は静かに座り込んで動かなくなりました。
怖くなった私は父に助けを求めました。父はこの出来事に青ざめ、仮面を叔父から剥がすと叔父の顔には生気がなく、人ではない別の存在にようで、今でも夢に出てくるほど恐ろしい顔をしていました…。
私は部屋から追い出され、父はどこかに何件も電話をかけ、家には見知らぬ人々が大勢訪れました。そして、訪れていた人々と一緒に、麻袋を被せられ叔父は連れていかれました。
それから一週間ほどでしょうか。家の雰囲気が少し穏やかになったころ、僕は父に聞きました。「あの仮面って一体…?」料理をしていた父は、しばしの沈黙の後、深くため息をつきました。それからゆっくりと仮面のことを話してくれました。
「ああ、この仮面か…。これはね、ただの古い物じゃないんだ。実はね、昔この村を苦しめた、残忍な武将の怨念を封じ込めたものなんだよ。その武将はね、とても残酷で、戦いの時もそうじゃない時も、民を平気で傷つけた。でも、そんな彼も最後は村人たちによって討たれたんだ。首は村の真ん中に晒されたけど、その後、変なことが起き始めてね。夜中に物音がしたり、家畜が突然死んだり…。」
「それでね、お前の先祖が武将の魂が原因だって気づいたんだ。そこで、村人たちと一緒に、その首を焼き払って、頭蓋骨を砕いてこの仮面を作った。その魂をここに封じ込めて、村に平和をもたらしたんだよ。」
「でもね、この仮面を着けることは絶対にダメなんだ。その力を制御できる者はいない。誰かが着けたら、封じ込められた怨念が解き放たれる。我々の家がこれを守り続けるのは、もう二度と不幸をこの村に呼び込まないためなんだ。だから、絶対に着けちゃいけない。わかったかい?」
父の話を聞いた後、僕はしばらく黙っていました。仮面の話は、ただの伝説やおとぎ話ではなく、僕たちの家族が背負っている運命。父の言葉からは、その仮面に秘められた力と、それを守り続けなければならない理由の深刻さが伝わってきました。
「そっか…叔父さんはどうなったの…?」僕は言葉を濁しながらも、あの日叔父が仮面をつけたことについて尋ねようとしましたが、父はただ黙って首を振るだけでした。
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