満月の影 後編
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私はその人影から目を離すことができなかった。
影は不気味に静まり返っていたが、こちらをじっと見ているのが分かった。心臓の鼓動が速くなり、冷や汗が背中を伝う。まるで時間が止まってしまったかのような感覚に包まれ、足が地面に貼りついたように動けなかった。
何度も「逃げなければ」と思ったが、足は重く、一歩も動かない。
その影は、まるで私を試すかのようにゆっくりとこちらに近づいてきた。何かを言っているわけでもなく、ただ無言で近づいてくる。私の中で恐怖が膨れ上がり、次第にその場に立っているのも耐えられなくなっていった。
すると、突然背後から冷たい手が私の肩に触れ、強引に家の中へと引き戻された。
振り返ると、そこには泣きそうな顔をした妹が立っていた。
彼女は私の手を握りしめ、震えながら「外に行っちゃダメ」と言った。妹も何かを感じ取っていたのだろう。彼女のその言葉に、私はようやく恐怖から解放され、家の中へと急いで戻った。
次の日、祖母に昨夜の出来事を話すと、彼女は顔を曇らせながら静かに語り始めた。「あの影は、この村に古くから伝わるものだよ。昔、この村で満月の夜に外に出て行った若者がいてね、彼はそのまま帰ってこなかった。それ以来、満月の夜には、その若者の魂が庭に現れて誰かを連れて行こうとするんだよ」と祖母は淡々と話した。
その話を聞いた私は、昨夜見たものが何だったのか理解し始めた。
あの影はただの幻想ではなく、祖母が警告していた「禁忌」そのものだったのだ。妹が助けてくれなければ、私はその影に連れ去られていたかもしれない。満月の夜、外に出るという禁忌を破った者がどうなるのか、私は身をもって知ることになった。
それ以来、私は祖母の家に行くたびに、満月の夜を恐れるようになった。
庭に立つあの大きな木を見るたびに、あの夜の恐怖が蘇る。影は今もそこにいて、満月の夜になると私を待っているかのような気がしてならないのだ。
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