満月の影 前編
私は小学生の頃、毎年夏休みには必ず家族で祖母の家に行くことが習慣だった。
祖母の家は、山奥の田舎にひっそりと佇む木造の古民家で、周囲には数軒の家があるだけの小さな集落にあった。家の敷地には大きな庭が広がり、古びた井戸や、何十年も前から立っているであろう大木が特徴的だった。
昼間は虫の鳴き声が心地よく響き、夏の間は特に賑やかだった。しかし、日が落ちると家全体がまるで別の場所のように不気味な静けさを帯びた。
祖母は昔から「夜になったら決して外に出るな」と何度も口にしていた。特に満月の夜は厳しく注意を促された。「満月の晩には、外に出てはいけないよ。特にあの大きな木のそばには近づかないように」と強い口調で言われたことを、今でも鮮明に覚えている。
祖母の話は、何か神秘的な力を秘めているように思えたが、その理由を深く聞くこともなく、子供心に「ただのおとぎ話だろう」と軽く受け流していた。
その年、私は妹と一緒に祖母の庭で遊んでいた。昼間は特に何も異常は感じず、虫取りやかくれんぼに夢中になっていた。日が沈むころ、祖母が夕食を作っている間にふと外を見上げると、満月が空高く昇り、庭全体を青白い光で照らしていた。
その光景にどこか引き寄せられるように、私は外へ出ることを考えた。
「夜になったら外に出るな」という祖母の言葉を思い出したが、好奇心が勝ってしまった。
妹は祖母の言葉に怯え、私に止めるように懇願したが、私は「大丈夫だよ、ただ見てくるだけだから」と軽くあしらい、そっと家を抜け出した。
外に出ると、空気は昼間とはまるで違って冷たく、足元に冷たい風がまとわりつくような感覚があった。庭に立つ大きな木の影が、まるで生きているかのように揺れている。月明かりが庭全体を白く照らし出し、普段は穏やかな庭が不気味な静けさに包まれていた。
その時、ふと視界の端に何かが動いたのを感じた。
よく見ると、庭の大木の下に人影のようなものが立っていた。私は息を呑んだ。それは明らかに人の形をしていたが、どこか異質だった。影は動かず、ただじっとこちらを見つめているように感じた。
私は体が凍りついたかのようにその場から動けなくなった。頭の中では「戻らなければ」と思っているのに、体が言うことを聞かない。
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