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赤い郵便ポスト 中編
翌朝、奇妙な夢から目が覚めた。
夢の中で、私はあの古びたポストの前に立っていた。ポストの口から何通もの手紙があふれ出してきて、そのすべてに同じ言葉が書かれていた。「助けて」と、黒く滲んだ文字がひとつひとつの封筒に刻まれていたのだ。
目が覚めてもその光景が頭から離れず、なぜ自分がこんな夢を見たのか考え続けていた。あのポストに何かが宿っているのだろうか。それとも、私の疲れが幻覚を見せているのか。
どちらにせよ、心は不安定で、一日中気が休まらなかった。
その日は仕事に集中できず、頭の中に浮かぶのは昨日の出来事とあのポストのことばかりだった。夕方、仕事が終わり、帰路に就くころには、心の中で小さな葛藤が始まっていた。「今日は違う道を通るべきだ」という思いと、「もう一度確かめなければならない」という強迫観念が交差していた。
しかし、結局私は、再びあの通りを通ることを選んだ。
ポストの前に差しかかった時、奇妙なことに気づいた。いつもと変わらぬはずのポストが、今日だけは違うように見えたのだ。その赤く錆びた表面は、まるで昨日よりもくすんで見え、口が少しだけ開いていた。昨日のことが頭に過ぎり、私は心臓が早鐘のように打ち始めるのを感じた。
恐怖が全身を駆け巡ったが、どうしてもその場を通り過ぎることができなかった。
そして、無意識のうちにポストに近づき、手を伸ばしてしまった。ポストの中に何かがある。私は息を飲み、再び中を覗き込んだ。すると、そこには新しい封筒が一枚、無造作に突っ込まれていたのだ。封筒は真新しく、少しだけ中が見える状態だった。
「誰がこんなところに…?」
誰も使わないと思っていたポストに、誰かが手紙を投函したのだろうか。
疑問に思いながらも、私はその封筒を取り出してしまった。手紙の表には「宛先不明」とだけ書かれており、差出人も記されていない。異様なほど新しい封筒が古いポストに入っているという、そのアンバランスさがさらに不気味さを増した。
私は手紙をしばらく眺めていたが、なぜかそれを開けてしまうべきだという強い衝動に駆られた。封を開けると、中からは薄い一枚の紙が出てきた。その紙には、たった一言だけ黒いインクで書かれていた。
「お前が次だ」
その言葉を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
何を意味しているのか理解できないが、全身が震え、手紙を握る手がかすかに揺れていた。周囲に誰もいないはずなのに、急に背後に人の気配を感じた。息を殺しながら振り返ると、そこには誰もいなかったが、ポストはまたしても微かに揺れていた。
私は手紙を地面に落とし、その場を後にした。
胸の鼓動が激しく、体中が冷や汗に包まれていた。家に着くまで走り続け、振り返ることすら恐ろしかった。ポストの存在はいつしか私にとって、単なる「物」ではなくなっていた。あの錆びた赤い箱は、何か得体の知れないものを秘めている。そう確信せざるを得なかった。
その晩、私の頭には「お前が次だ」という言葉が何度も何度も浮かび上がってきた。
眠ろうとしても、瞼を閉じるたびにその言葉が脳裏にこびりつき、まるで呪いのように私を縛り付けた。ポストの中には、まだ何かが潜んでいるのではないか。あの封筒に書かれた言葉が、単なる悪戯ではなく、本当に私に向けられた警告であるかのように感じられた。
次の日、私は仕事中もポストのことが頭から離れなかった。あの手紙が持つ不気味なメッセージ、そしてポストが放つ異様な存在感。すべてが重なり合い、私を不安と恐怖に包み込んでいた。
どうしても、あのポストに再び戻る必要があるのだろうか。いや、もう二度と近づいてはいけないのか――そんな葛藤が続いたまま、日が過ぎていった。
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