水たまりは異世界への扉
春のある日、穏やかな午後、私は古い街の石畳を散策していました。空は高く、雲一つない晴天で、先日の雨が残した水たまりが、日の光を受けてキラキラと輝いていました。
その中でも、一つの水たまりが私の足を止めさせました。古い柳の木の下、隠れるようにして存在するその水たまりは、他とは一線を画していました。水面は完璧に静かで、まるで別世界への門が開かれているかのようでした。
私がその水たまりに顔を近づけると、初めは自分の映り込む顔がはっきりと見えましたが、徐々に周りの景色が歪み始め、見知らぬ世界が現れました。
その世界は、瑠璃色の空に浮かぶ浮遊する島々、不思議な形をした植物、そして空中を舞う光る生物たちに満ちていました。その異世界の美しさに心を奪われ、しばらくの間、その場から動けませんでした。
しかし、水面の微かな揺れと共に、景色が一変しました。突如、異世界の暗い森が現れ、そこには目を光らせる不気味な生物たちが潜んでいました。
その中で最も大きな生物が、ゆっくりとその黒い目を私に向け、そして、その細長い腕を水面を通して私に向かって伸ばし始めました。その手の動きは異様にゆっくりで、しかし確実に私の存在を捉えようとしているようでした。
恐怖に駆られて後ずさりした私は、慌ててその場を離れました。家に戻る道すがら、私の心はまだその異世界の恐ろしい光景に捉われていました。
私が見たものは一体何だったのか、あの生物たちは私に何をしようとしていたのか、その答えを知る術はありません。しかし、あの日以来、春の水たまりを見るたびに、私は不思議と畏怖の念を抱くようになりました。
ただ、既にあの生物たちは、水たまりから私たちの世界に入り込んでいるのかも知れません。
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