未練の像 Part1
供養寺の夜
その夏、僕たちは夜中の肝試しを計画した。メンバーは僕を含めて5人。A、B、C、そしてDだ。行き先に選ばれたのは、地元でも不気味な噂の絶えない山奥の水子供養のお寺だった。人気のない場所で、夜になると誰も近寄らない。それが肝試しには最高だと、僕たちは軽い気持ちで笑い合っていた。しかし、僕の心の中には少しの不安があった。
22時過ぎ、車を降りた僕たちは懐中電灯を頼りにお寺へ向かう。道中、足音や風の音が妙に大きく感じられ、どこか不穏な空気が漂っていた。Aが「ただの風だよ、ビビるな」と言って笑ったが、Bは終始無言で周囲を気にしていた。Cは軽口を叩いていたが、その笑顔もどこかぎこちなかった。
やがて、古びた石門が見えた。苔むした石柱が月明かりにぼんやりと浮かび上がる。懐中電灯の光が当たると、門の向こうに小さな石像が並んでいるのが見えた。僕たちは何も言わず、静かにお寺の境内に足を踏み入れた。
「なんだこれ…気味悪いな」
Cが呟いた。僕たちは無言のまま石像に近づいた。石像の顔はどれも小さく、まるで赤ん坊のようだった。その表情はどこか悲しげで、見ていると胸が締め付けられるような気持ちになる。Aが石像の一つを覗き込んで、「これ、赤ん坊の供養のやつだよな」と言った。僕も知っていた。このお寺は、水子供養で知られる場所だと。
Bは怖がりながらも、どこか興味深そうに周囲を見回していたが、突然遠くの方で「おい、何か光ってるぞ!」と叫んだ。僕たちがそちらを振り向くと、木々の間で小さな光がふわりと浮かんでいるのが見えた。それはまるで火の玉のように、静かに空を飛んでいた。
「何だあれ?」Aが光を指差しながら走り出した。僕たちも驚いて後を追ったが、足元は暗く、どこに向かっているのかも分からないまま必死に追いかけた。
「待てって!危ないだろ!」
僕は声を上げたが、Aは止まらない。光は僕たちを引き寄せるように、どんどん墓地の奥へと消えかけていく。気がつけば、僕たちはお寺の境内を通り越して、裏手の林の中に入り込んでいた。草木が生い茂り、ぬかるんだ地面に足を取られながら、僕たちは何とかAに追いついた。
「…どこいった?」
Aが不安そうに辺りを見回したが、光はすでに消えていた。まわりはただ静寂だけが残り、虫の鳴き声さえ聞こえなくなっていた。Bが「ここ、ヤバくないか?」と小声で言ったが、誰も返事をしなかった。ただ、不気味な気配が漂っていることは全員が感じていた。
その時だった。背後から突然、低い声が響いた。
「何をしている」
その声は地面から這い上がるように低く響き、僕たちは一斉に振り返った。そこには住職が立っていた。彼の顔は怒りに満ちており、その鋭い目が僕たちを見据えていた。
「勝手に入るんじゃない。ここはお前たちが来るような場所じゃない!」
僕たちは驚き、何も言えずにただ頭を下げるしかなかった。住職は怒りを露わにしながら、無言でお寺の門まで僕たちを連れ戻した。体は恐怖で震えていたが、心の奥にはまだ何かがこの場所に残っているような、不思議な感覚があった。
住職に叱られた僕たちは、そのまま静かにお寺を離れた。
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