穴掘りおばあさん
深夜2時。人気のない住宅街を、いつものようにランニングウェアに身を包んだ拓也は走っていた。ヘッドホンからはアップテンポな音楽が流れ、足取りも軽い。
しかし、次の角を曲がった瞬間、拓也の足は止まった。月明かりに照らされた道の真ん中で、一人の老女がしゃがみこんでいたのだ。近所に住む、いつも上品な身なりをしているあのおばあさんだ。
しかし、その姿は普段とは全く違っていた。おばあさんは、まるで何かに取り憑かれたように、一心不乱に地面を掘り返していたのだ。素手だった。爪の間には土が挟まり、額には汗が光っている。
「おばあさん、こんな時間に何を…」
拓也は声をかけたが、おばあさんは反応しない。ただひたすら、土を掘り続けている。その目は虚ろで、まるで別人のようだった。
恐怖を感じた拓也は、その場を走り去った。しかし、次の日も、その次の日も、おばあさんは同じ場所で穴を掘り続けていた。
ある晩、意を決した拓也は、おばあさんに話しかけることにした。
「おばあさん、大丈夫ですか?手伝いましょうか?」
すると、おばあさんは初めて顔を上げた。その目は闇夜のように深く、底知れない恐怖をたたえていた。
「ありがとう。でも、これは私一人でやらなければならないことなの」
おばあさんはそう言って、再び穴を掘り始めた。拓也は、それ以上何も言えなかった。
数日後、おばあさんの姿は忽然と消えた。穴は埋め戻され、何もなかったかのようにアスファルトが敷かれていた。
しかし、拓也はあの夜の光景を忘れられなかった。そして、ある噂を耳にする。
あのおばあさんは、昔、愛する人を亡くしたらしい。そして、その人を生き返らせるために、禁断の儀式を行っていたのだとか。
真実は分からない。しかし、拓也は確信していた。あの夜、あのおばあさんは、決してこの世のものではなかったのだと。
そして、今もどこかで、誰かを生き返らせるために、穴を掘り続けているのかもしれない。
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