裏の顔
私の妻、美沙は普段、穏やかで優しさが溢れる女性だ。私たちは結婚して3年、小さな幸せを積み重ねてきた。だが、その日、全てが変わった。
ある休日のこと、美沙は友人と出かけると言って家を空けた。私は一人で時間を持て余し、何気なく家の片付けを始めた。美沙の仕事部屋の整理をしていると、奥の棚に古ぼけた木箱が目についた。普段、彼女はその部屋で誰も入れないようにしていたが、今まで特に気にも留めていなかった。
好奇心が勝り、私は箱を開けた。中には数々の古い手紙と、一冊の黒い日記があった。手紙は美沙が誰かに宛てたもので、内容は平凡な日常のやり取りだった。しかし、日記の最初のページを開いた瞬間、冷たい風が部屋を通り抜けるのを感じた。
日記には美沙の手による数々の告白が綴られていた。それは彼女の過去の暗い面、恐ろしい行為の数々を詳細に記述していたのだ。心臓が冷たくなる感覚を覚えながら、ページをめくる手が止まらなかった。「ある人を…」その行で私は息を呑んだ。詳細な計画と、それが実行に移された事実。全てがそこにはっきりと書かれていた。
私が日記を読んでいると、ふいに玄関の扉が開く音がした。「ただいま」と美沙の声。私は慌てて日記を元の場所に戻し、箱を棚に押し込んだ。彼女が部屋に入ってくる。いつもの優しい笑顔だが、その瞳の奥がどこか計り知れない深さを持っているように見えた。
「何してたの?」彼女が問いかける。私は何も見なかったかのように振る舞うが、心臓の鼓動は速く、手の震えが止まらない。
「うん、ちょっとだけ片付けをしてたよ。」私は強く唾を飲み込みながら答える。
美沙はにっこりと微笑み、一瞬だけ私の目をじっと見つめた。「そう。何か面白いものは見つかった?」その一言に私の心が跳ねる。ただの世間話なのか、それとも何かを暗示しているのか。
「いや、特に何もないね。ただの古い雑誌とかだったよ。」私は急いで答えた。
彼女は頷きながらキッチンへと向かった。「お茶を淹れるわね。疲れているでしょ?」彼女の声はいつも通り優しかったが、私はその言葉の裏に隠された意味を探るようになってしまった。
その夜、私たちは普段どおりに食事をし、テレビを見た。しかし、私の心は安らぐことなく、美沙のどんな些細な行動も、どんな言葉も怪しむようになっていた。彼女が何を知っているのか、私が何を知ってしまったのか。その緊張感が、私たちの間に見えない壁を作り上げていた。
私は寝る前に再び彼女の仕事部屋を覗く。日記と手紙が元の場所に戻されていることを確認する。何も変わっていないように見えるが、部屋の空気が微妙に変わっているような気がする。もし彼女が何かを知っているとしたら、この状況をどう受け止めているのだろうか。
翌朝、美沙はいつも通りの笑顔で私を見つめる。「今日も一日、頑張ろうね。」彼女の言葉には温かみがあるが、私はその真意を計りかねていた。
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