歪像の微笑み
都内の閑静な住宅街に佇む一軒家。そこに住むバツイチの女性、絵里子は、最近奇妙な現象に悩まされていた。それは、リビングに飾られた家族写真が、日ごとに不気味な変化を遂げていくというものだった。
当初は、元夫の顔色が少し悪いように見える程度だった。しかし、その変化は徐々に顕著になり、元夫の口角は不自然に吊り上がり、目は生気を失って虚ろになっていった。愛らしい笑顔を振りまいていた娘の表情も、日に日に歪み、嘲笑うかのような禍々しい笑みに変わっていく。
絵里子は、この異変に恐怖を感じながらも、写真を処分することができなかった。それは、写真の中に閉じ込められた幸せな家族の思い出が、彼女にとって唯一の心の拠り所だったからだ。
ある雨の夜、絵里子は、寝室で不気味な物音を聞いた。それは、まるで誰かが壁を引っ掻いているような音だった。恐る恐る音のする方へ近づくと、壁に飾られた家族写真が、まるで生きているかのように蠢いていた。
写真の中の元夫と娘は、歪んだ笑顔を浮かべながら、絵里子をじっと見つめていた。その目は、深い憎悪と怨念に満ちており、絵里子の心を凍りつかせた。
「ママ、どうして私たちを捨てたの?」
娘の声が、絵里子の脳裏に直接響いた。それは、数年前、絵里子が離婚し、幼い娘を置いて家を出た時の言葉だった。
「お前は、母親失格だ。」
夫の声が、絵里子の心を鋭く抉った。それは、絵里子が家を出る際、夫が吐き捨てた言葉だった。
絵里子は、恐怖で身動きが取れなくなった。写真の中の夫と娘は、ゆっくりと、しかし確実に絵里子に近づいてきた。彼らの歪んだ顔が、絵里子の顔のすぐそばまで迫る。
「私たちは、ずっと待っていたんだよ。ママが帰ってくるのを。」
娘の声が、絵里子の耳元で囁かれた。その瞬間、絵里子の意識は闇の中に落ちていった。
翌朝、絵里子は、寝室の床で冷たくなって発見された。彼女の顔は、恐怖に歪み、まるで何か恐ろしいものを見たかのような表情をしていた。壁に飾られた家族写真は、元の幸せそうな笑顔に戻っていた。
しかし、よく見ると、写真の中の絵里子の姿だけが消えていた。まるで、最初からそこにいなかったかのように。
絵里子の死後、家は空き家となり、誰も寄り付かなくなった。しかし、近隣住民の間では、夜になると、家の中から不気味な笑い声が聞こえてくるという噂が囁かれるようになった。そして、ある嵐の夜、家は焼け落ち、跡形もなく消えてしまった。
今もなお、あの家族写真の行方は分からない。しかし、誰かの家の壁に飾られ、ひっそりと微笑んでいるのかもしれない。
コメント