暗流 Part1
川面に浮かぶ影
子どもの頃、毎年夏休みになると、私は両親に連れられて田舎の祖父母の家に遊びに行っていました。
そこは山々に囲まれた小さな村で、夜になると星空が広がり、昼間は蝉の声が絶え間なく響く、自然豊かな場所でした。祖父母の家は村の外れにあり、裏手には古びた竹藪を抜けた先に、小さな川が流れていました。
川は澄んでいて、流れる水の音が心地よく、私の秘密の遊び場でもありました。
その夏の日、いつものように川辺に向かいました。川の流れに手を浸してみると、冷たくて気持ちが良かったのを覚えています。足元には小さな魚が泳いでいて、私はそれを夢中で追いかけたり、水をすくったりして遊んでいました。
辺りは静かで、風が竹藪を揺らす音と、時折飛び立つ鳥の羽音だけが響いていました。
川の向こう側はあまり行ったことがなく、祖父母からも「向こうには行かないほうがいい」と言われていました。そのため、私は対岸を眺めるだけで満足していました。
その日は特に暑く、空には雲ひとつなく、夕焼けが山の稜線を赤く染めていました。川の水面に映る自分の姿が揺らめいて、少しずつその影が長くなっていくのを眺めていました。
ふと顔を上げると、対岸に人影が見えました。
それは私と同じくらいの年齢の男の子のようで、短髪に白いシャツを着て、無表情で川のこちら側をじっと見つめているようでした。夕日の逆光のせいで、顔の細部までははっきりと見えませんでしたが、その視線がどこか私を射抜くように感じられました。
私は「こんにちは」と声をかけようとしましたが、声が出ませんでした。
まるで喉が塞がれたように、何も言えなくなってしまったのです。男の子は微動だにせず、ただじっとこちらを見つめています。私はだんだんと怖くなり、立ち上がってその場を離れようとしました。すると、背後から風が吹き抜け、川面がざわめきました。
私の影が水面に揺れ、まるで誰かが私の影をつかもうとしているかのように見えました。
足早にその場を離れ、竹藪を抜けて祖父母の家へと戻りました。祖母が縁側で夕食の準備をしており、私は興奮して「川で男の子を見たよ!」と話しました。
しかし、祖母は首をかしげ、「そんなはずないよ、あの川の向こうには人は住んでいないし、遊びに来る子もいないんだから」と言いました。祖父も「あの辺りは昔から人が寄りつかない場所だから、君も気をつけて近づかないようにしなさい」と、真剣な顔で忠告しました。
しかし、私はどうしてもあの男の子のことが気になって、翌日もまた川辺に向かいました。今度は対岸をじっと見つめて、男の子が再び現れないかと待ってみましたが、その日は誰も現れませんでした。川は静かに流れ、ただ夕日がゆっくりと山に沈んでいくばかりでした。
けれども、その日の夜、私の夢の中にあの男の子が現れました。
彼は川の向こうから私を見つめていましたが、今度はその顔がはっきりと見えました。白い顔に無表情のまま、まるで人形のような不気味な顔つきでした。私は夢の中で「誰なの?」と尋ねましたが、彼は何も答えず、ただこちらを見つめ続けていました。
夢から覚めた後、全身が汗だくで、心臓が激しく鼓動しているのを感じました。
怖くて祖母の布団に潜り込んで、「怖い夢を見たんだ」と打ち明けましたが、祖母は「大丈夫だよ、夢なんだから」と笑って安心させてくれました。しかし、私はどうしてもあの夢が気になり、寝つくことができませんでした。
翌朝、祖母が不意に「あの川には昔、子どもが溺れて亡くなったという噂があったんだよ」と話し始めました。私はその話にぎくりとしました。
祖母は続けて「だから昔から、あの川の向こうには行かないようにって言われていたんだよ。まあ、今はただの噂話だと思うけどね」と笑ってみせましたが、私はあの男の子のことを思い出して、背筋が冷たくなるのを感じました。
それ以来、私はもう川に近づくことはやめました。しかし、あの川の対岸で見た男の子のことは、今でも頭の片隅に引っかかり続けています。
彼は本当に誰だったのか、そして私を見つめていた理由は何だったのか…それを知るすべは、もう失われてしまいました。
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