田舎の小道
静かな田舎町に、古い伝説が語り継がれていた。町外れの森の中に一本の小道があり、その道は「禁じられた小道」と呼ばれていた。地元の人々は決してその道に足を踏み入れることはなかった。なぜなら、そこに入った者は二度と戻ってこないと言われていたからだ。
ある秋の夕暮れ、都市からやってきた若いカップル、拓也と玲奈はこの町を訪れた。彼らは冒険好きで、古い伝説や心霊スポットに興味があった。地元の酒屋で聞いた「禁じられた小道」の話に興味をそそられた彼らは、地元の人々の警告を無視してその道に足を踏み入れることにした。
小道に入ると、周囲の空気が急に重く感じられた。木々は不気味にそびえ立ち、冷たい風が頬を撫でた。鳥の鳴き声や動物の足音さえも聞こえなくなり、静寂が二人を包んだ。道は徐々に細くなり、深い闇が彼らを包み込んだ。
道の途中、拓也は何かを感じて立ち止まった。周囲を見回すと、草むらの中から無数の目が彼らを見つめているような錯覚に襲われた。玲奈は不安そうに拓也の腕を掴んだが、彼は微笑んで彼女を安心させようとした。
「大丈夫だよ、ただの伝説さ。きっと面白い話の種になるよ。」拓也はそう言って再び歩き始めた。
やがて、彼らは古びた石の橋にたどり着いた。橋の下には澱んだ水が流れており、その水面に映る影が奇妙に揺れていた。玲奈はその影を見て背筋が寒くなったが、拓也は気にも留めずに橋を渡り始めた。
しかし、橋の中央に差し掛かった瞬間、玲奈は足を滑らせて倒れ込み、手をついた地面が冷たくぬるりとしていた。彼女が驚いて手を引っ込めると、そこには黒い粘液が付いていた。玲奈は悲鳴を上げ、拓也も驚いて駆け寄った。
「大丈夫?どこか痛いところはない?」拓也は心配そうに玲奈の顔を覗き込んだ。
「うん、ただの泥だと思う。」玲奈は震える声で答えたが、その目には恐怖が宿っていた。
二人は再び歩き始めたが、玲奈の不安は増すばかりだった。道は次第に狭くなり、木々が密集して視界を遮った。拓也は懐中電灯の光を頼りに進んだが、闇は深まるばかりだった。
突然、拓也は異様な気配を感じ、振り返ると、後ろに玲奈の姿がなかった。
「玲奈?」拓也は震えた声で呼びかけたが、返事はなかった。彼は懐中電灯の光を頼りに探し回ったが、玲奈は見つからなかった。次第に彼は自分が迷ってしまったことに気づいた。彼の心臓は早鐘のように鳴り、汗が冷たく感じられた。
突然、遠くからかすかな声が聞こえてきた。それは玲奈の声だった。拓也はその声に導かれるように歩き始めた。声は次第に大きくなり、彼は道の先に薄暗い光を見つけた。光の中には小さな古い祠があり、その前に立つ玲奈の姿があった。
しかし、近づいてみると、それは玲奈ではなかった。祠の前に立っていたのは、無表情の白い顔をした女性だった。彼女はゆっくりと口を開け、冷たく不気味な声で言った。
「ここに来た者は、二度と戻れない。」
拓也はその言葉を聞いた瞬間、身体が動かなくなり、視界が暗くなった。彼はその場で意識を失い、地面に倒れた。
翌朝、地元の人々が拓也と玲奈を探しに森に入ったが、二人の姿はどこにもなかった。ただ、「禁じられた小道」の入口には、彼らの持ち物が無造作に散らばっていた。
その後、誰もその小道に近づこうとする者はいなくなった。伝説は新たな犠牲者を得て、より一層恐ろしいものとして語り継がれていった。森の中には、かつて存在したカップルの悲鳴と祠の前に立つ白い顔の女性の姿が、永遠に彷徨っていると信じられていた。
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