蝉時雨と桜の呪縛
だるような暑さの夏。都会の喧騒から逃れるように、私は祖父母の暮らす田舎を訪れていた。迎えに来てくれたのは、年の離れた従姉の理恵だった。
「久しぶりだね!」
理恵は相変わらずの美人で、少し焼けた肌に白いワンピースが映えていた。子供の頃、私は彼女に憧れていた。大人びた雰囲気と、どこかミステリアスな魅力を持つ彼女に。
祖父母の家は、山に囲まれた古い一軒家だった。庭には大きな桜の木があり、夏の日差しを遮っていた。蝉の声が響き渡り、どこか懐かしい気持ちになった。
夜になり、私は理恵と縁側で花火をした。線香花火の儚い光を見つめながら、私は子供の頃の思い出話をした。理恵は優しく微笑みながら、私の話を聞いてくれた。
「そういえば、この桜の木にはね、不思議な言い伝えがあるんだよ」
理恵が唐突に言った。
「昔、この桜の木の下で、ある女性が殺されたんだって。その女性の霊が、今でもこの木に宿っているらしい」
私は少し怖くなったが、理恵は楽しそうに話を続けた。
「でもね、その霊は悪い霊じゃないんだって。むしろ、この家を守ってくれているらしい。だから、私たちは安心して暮らせるんだ」
私は半信半疑だったが、理恵の話を聞くうちに、少し安心した気持ちになった。
次の日、私は一人で裏山を散策することにした。山道は鬱蒼としていて、昼間でも薄暗かった。私は少し不安になったが、好奇心が勝り、どんどん奥へと進んでいった。
しばらく歩くと、小さな祠を見つけた。祠の前には、桜の木で作られた小さな人形が置かれていた。私は興味本位で人形を手に取った瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えた。
まるで誰かに見られているような、そんな気がした。
私は慌てて人形を祠に戻し、山を下り始めた。しかし、足元がおぼつかなくなり、転んでしまった。
その時、私の目に飛び込んできたのは、桜の木で作られた無数の人形だった。人形はどれも不気味な笑みを浮かべており、私を見つめていた。
私は恐怖で叫び声を上げ、必死に逃げ出した。しかし、人形は私の後を追ってくる。私は転びながらも走り続け、なんとか祖父母の家にたどり着いた。
息を切らしながら、私は理恵に助けを求めた。理恵は私を抱きしめながら、こう言った。
「大丈夫だよ。もう安全だよ」
私は理恵の言葉に安堵し、そのまま眠ってしまった。
次の朝、私は昨日の出来事を話そうとしたが、理恵は何も覚えていないようだった。私は自分の見たものが夢だったのかもしれないと思ったが、心のどこかで、あの恐怖は現実だったと感じていた。
祖父母の家を後にする日、私は理恵に別れを告げた。理恵はいつもの笑顔で、私を見送ってくれた。
「また遊びに来てね」
私は頷きながら、車に乗り込んだ。窓の外を流れる景色を見つめながら、私はあの日のことを思い出していた。
蝉の声が響き渡る中、私は祖父母の家を後にした。あの夏の日、私は一体何を見たのだろうか。それは、今でも私の中で謎のまま残っている。
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