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これは、友人Aが実際に体験した話だ。Aは都内のマンションで一人暮らしをしており、日々の仕事が忙しく、帰宅が深夜になることもしばしばだった。何もかもが普通のマンションで、別に家賃が高いわけでもないし、治安が悪い地域でもない。
それなのに、あの不気味な出来事は突然始まった。
ある日の夜、いつものように終電で帰宅したAが自分の部屋の前に立つと、ドアの前に小さな茶封筒が落ちていた。
「広告かな?」と軽く考えながら拾い上げてみると、封筒には部屋番号と、手書きで「見ない方がいい」と書かれていた。Aは少し気味が悪かったが、いたずらの類だろうと思い、特に気にせず部屋に入った。そして、なんとなく中身を確認するために封筒を開けた。
中には何枚かの写真が入っていた。最初の写真を見た瞬間、Aの心臓が大きく跳ねた。
写っていたのは、彼の自宅のドアで、しかも真っ暗な夜中に撮影されている。それも何度か撮り直したのか、微妙に角度が違う同じような写真がいくつもあった。「誰かがドアの前で待ち伏せしてた…?」
そんなことを考えると一気に怖くなり、彼は写真をテーブルに放り出して、寝ることにした。
翌朝、気を取り直して写真をもう一度確認してみたが、何かの間違いかもしれない、と自分に言い聞かせた。「誰かのいたずらだよな、たまたま自分の部屋に置いただけかもしれない。」そう思うことで気を落ち着かせようとしたのだ。
しかし、次の日も封筒は部屋の前にあった。そして、再び封筒の中には彼の部屋の写真が入っていた。今度の写真はさらに不気味だった。それは窓の外から撮られた彼のリビングの写真で、そこには彼がまさに部屋を出て行く瞬間が写っていた。カメラの位置からして、彼の部屋の外から撮影されたことは明らかで、しかも彼が留守の間に行われたものであることは疑いようがなかった。
Aは背筋が凍る思いだったが、気味悪さを押し殺し、何とか「これは悪質ないたずらだ」と思い込もうとした。そして、次の日からは念入りに鍵をかけ、窓もしっかり施錠した。さらに防犯カメラも設置しようと考え、少しでも安心を得ようと努めた。しかしその次の日、再び封筒が部屋の前に置かれていた。中には、寝ている自分を至近距離から撮影した写真があった。明らかに彼の寝室内で撮影されたものだった。
眠る自分の顔を間近から撮った写真を見た瞬間、Aは膝が震え、手が止まらなくなった。「どうやって入ったんだ…? そもそも、誰が…?」と心の中で繰り返しながら、Aは床に座り込んでしまった。
翌日、Aはついに警察に相談することにした。警察は一応現場を調べ、防犯カメラの設置も勧めてくれたが、特に不審な痕跡や侵入の形跡は見当たらなかった。警察は「最近、悪質ないたずらが増えていますから」と説明したが、Aはどうしても納得できなかった。
「そんな単純ないたずらで済むはずがない…」
その晩、Aは半ばパニック状態で、寝室に小型カメラを仕掛け、自分が眠っている間に何が起きているのか確かめることにした。何もなければそれで安心だし、もし誰かが入ってきているなら、証拠を掴むことができるはずだと考えたのだ。
そして翌朝、Aは恐る恐るカメラの録画を確認した。しかし、映像ファイルはすべて真っ黒だった。消されたのか、何かの不具合か、理由は分からなかったが、ただ一つ気になることがあった。録画のサムネイル画像には、黒い影のようなものがぼんやりと映っていた。Aは恐怖に駆られつつも、その影を再生してみた。
映像には、深夜の寝室でAが寝ている姿が映っていた。部屋は静まり返り、暗闇に包まれていたが、しばらくすると、画面の端に不自然な動きが現れた。ぼんやりとした黒い影が、ゆっくりとAに近づき、寝ている彼の枕元で立ち止まった。そして、その影がカメラの方へ振り向くと、まるでカメラを見つめるかのようにじっとした。
その瞬間、映像が途切れ、録画は終わっていた。Aはその影がカメラを見つめていたという事実に衝撃を受け、今度こそこの部屋から出ていこうと決心した。
Aは即座に引っ越しを決め、そのマンションには二度と戻らなかった。引っ越し先でも夜中に誰かが覗いているような感覚に襲われることが何度かあったが、封筒が届くことはなかった。
それでも、Aは未だに「気づいていないだけだよ」というメモの言葉が頭から離れないままだ。果たして、あの影が何だったのか、誰が彼を見つめていたのか、Aは今も知らない。
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