タイムパラドックスに囚われた男
薄暗いアンティークショップ。埃っぽい棚に無造作に置かれた古い写真立てに、目が留まった。セピア色の写真には、1900年代初頭の服装をした家族が、古びた洋館の前で微笑んでいた。しかし、家族の顔はぼやけていて、判別できなかった。
写真立ての裏には、「1905年、エヴァンズ家」という文字が刻まれていた。その瞬間、奇妙な既視感が僕を襲った。ぼんやりとした記憶の中で、この家族を見たことがあるような気がしたのだ。
僕は写真立てを手に取り、店主の元へ向かった。「この写真について、何かご存知ですか?」と尋ねると、店主は怪訝な顔をして「さあ、いつからあったかも覚えていない代物だよ」とだけ答えた。
僕は写真立てを購入し、家路についた。家に着くと、すぐに書斎の机に向かい、古い新聞記事を調べ始めた。
1905年の新聞記事の中に、エヴァンズ家が火事で全員死亡したという記事を見つけた。しかし、記事には不可解な点がいくつもあった。火事の原因は不明で、遺体は発見されなかったのだ。
記事を読み進めるうちに、ある記述が僕の目を釘付けにした。「エヴァンズ家の長男、ジョナサンは、科学者としてタイムマシンの研究に没頭していた」。ジョナサン…。その名前を聞いた瞬間、脳裏に稲妻が走った。写真の中のぼやけた顔が、僕自身の顔と酷似していることに気づいたのだ。
いてもたってもいられなくなった僕は、写真に写っていた洋館の場所を突き止め、現地に向かった。
そこは、廃墟と化した屋敷が残るのみだった。薄暮の中、崩れかけた門をくぐり、屋敷の中へと足を踏み入れた。
壁には家族写真が飾られていた。そこには、あの写真と同じ家族が写っていたが、彼らの顔は鮮明で、確かに僕に似た男がいた。ジョナサン・エヴァンズ。
さらに奥の部屋に入ると、一枚の肖像画を見つけた。それは、ジョナサンの肖像画だった。しかし、その目は虚ろで、顔には不気味な笑みが浮かんでいた。そして、肖像画の下には、「時間旅行者、ジョナサン・エヴァンズ」と書かれていた。
僕は、自分が写った写真と肖像画を見比べ、愕然とした。そして、全てを理解した。僕は、未来から来たジョナサン・エヴァンズだったのだ。
過去に戻り、家族を救おうとしていたのだ。しかし、過去を変えようとするたびに、写真は変化し、家族の顔は歪み、屋敷は崩壊していく。そして、最終的には、僕自身が写真から消えてしまう。
タイムパラドックスの恐ろしさを、身をもって知った。過去は変えられない。変えようとすればするほど、未来は歪み、自分自身の存在すら危うくなる。
僕は、過去に戻るのを諦め、現在を生きることにした。しかし、あの黄昏に沈むエヴァンズ家の肖像画は、今も僕の悪夢に現れ、過去を変えようとしたことの愚かさを教えてくれる。
コメント