勝手に届く手紙
古びたアパートの二階の角部屋で一人暮らしをしている僕は、月に一度、決まって奇妙な手紙を受け取る。それはいつも満月の夜、日付が変わる少し前に、ポストに静かに滑り込まれる。差出人不明、切手もない、ただ宛名が震えるような筆跡で手書きされただけの白い封筒。中には、一枚の便箋に一言だけ、短い文章が綴られている。
最初の月は「見ているよ」だった。真夜中にこの言葉を見た時は、鳥肌が立ったが、単なるイタズラだろうと自分に言い聞かせた。しかし、次の月は「君の部屋を知っている」、その次は「すぐそばにいる」と、内容は次第に具体的になり、僕への監視の目は確実に狭まっていることを感じさせた。
恐怖を感じた僕は、警察に相談したが、証拠がないと取り合ってくれない。引っ越しも考えたが、手紙の内容から、どこへ行っても追いかけてくる気がした。部屋の鍵を全て交換し、窓には鉄格子を取り付けた。それでも、得体の知れない恐怖は、夜ごと僕の心を蝕んでいった。
ある満月の夜、僕は眠れずにいた。時計の針が11時55分を指した時、ポストに手紙が落ちる音が聞こえた。心臓が口から飛び出しそうになりながら、震える手で封筒を開けると、そこには「今夜会いに行く」と書かれていた。
僕は恐怖で部屋中をバリケードで囲い、息を潜めて朝を待った。しかし、何も起こらなかった。
安堵したのも束の間、次の手紙には「残念だったね、また今度」と書かれていた。まるで、僕を恐怖の淵に突き落とすことを楽しんでいるかのような文面に、僕は絶望した。
以来、僕は毎月届く手紙に怯えながら、いつ来るか分からない「今度」を待ち続けている。手紙の送り主は誰なのか、目的は何なのか、何も分からない。ただ、この終わりのない恐怖から逃れることはできない。
ある晩、いつものように手紙が届いた。封筒には見慣れた筆跡で「もうすぐ誕生日だね、お祝いを持って行くよ」と書かれていた。それは、僕の誕生日を言い当てた初めての手紙だった。僕は、恐怖と同時に、奇妙な好奇心を覚えた。
誕生日の夜、僕は部屋の電気を消し、息を殺して待っていた。日付が変わる瞬間、玄関のドアをノックする音が三回響いた。心臓が破裂しそうになりながら、ドアに近づくと、ドアの下の隙間から、一枚のカードが差し込まれた。
カードには、美しいケーキの絵と「誕生日おめでとう」の文字。そして、その下に、震えるような筆跡で「やっと会えたね」と書かれていた。
僕は恐怖で凍りつき、その場に立ち尽くした。
次の瞬間、部屋の電気が点いた。振り返ると、そこには、不気味な笑みを浮かべた見知らぬ男が立っていた。彼は僕の手紙を手に、ゆっくりと近づいてきた。僕は叫び声を上げようとしたが、声は出なかった。男は、僕をじっと見つめ、こう言った。「やっと会えたね、僕の可愛いおもちゃ」
コメント