足音の気配
仕事で疲れて帰宅した夜、私はリビングのソファに倒れ込んだ。
時計を見ると、夜の11時を過ぎていた。静かにしていると、家の中がやけに静まり返っているのが気にかかる。こんな日は早く寝るに限ると立ち上がり、歯を磨いてベッドに向かう準備をしていたその瞬間、玄関の外から微かな足音が聞こえてきた。
最初は気にしなかった。疲れすぎて頭がぼんやりしていたのだろうと、自分に言い聞かせた。しかし、その足音は家の周りを回るかのように繰り返し響いている。リズミカルに「コツ、コツ、コツ」と、一歩ずつ迫ってくる感じがした。不審に思い、私は窓へ歩み寄り、カーテンを少し開けて外をそっと覗いてみた。
暗闇の中、街灯の淡い光がうっすらと庭を照らしていたが、人影はない。風が葉を揺らす音だけが耳に届く。気のせいだろうと自分に言い聞かせ、窓を閉じて鍵を確認した。
それでも、どこか胸騒ぎがしたので、玄関のチェーンロックもかけておいた。
リビングに戻り、再びソファに腰を下ろそうとしたその時、再び足音が聞こえてきた。今度はよりはっきりと、確実に家の周囲を歩いている。それに加え、どうもその足音が少しずつ近づいてきているような気がした。しかも、今度は外ではなく、家の中から聞こえてくる。
背中に冷たい汗が流れ始め、心臓が早鐘のように打ち始めた。「まさか、誰かが家の中にいるのか？」そんな考えが脳裏をよぎった。私は恐る恐る足音の方に耳を傾けた。足音は廊下をゆっくりとこちらに向かって歩いているように感じた。
「どうして？」私の頭の中で疑問が膨らむ。家の鍵は確かに閉めたし、誰かが侵入した形跡もなかったはずだ。冷や汗が流れ、手足が震えるのを感じながら、リビングの明かりをつけようと手を伸ばしたが、スイッチを押しても何も起こらない。電気は消えたままだ。
「おかしい…」と思いながら、足音はさらに大きく、そして重くなり始めた。廊下の奥、リビングの隅にある暗い場所から、確実に何かがこちらに向かってくる。私は凍りついたようにその場に立ち尽くした。
突然、足音がピタリと止んだ。そして、その瞬間、背後に冷たい気配を感じた。
振り返る勇気は全く湧かない。ただ、その存在がすぐ近くにいることだけは、嫌というほど分かっていた。息が詰まり、動けなくなる。
「これは現実なのか？ 夢なのか？」頭の中が混乱し、思考はまとまらない。だが、その足音は現実のものだった。確実に。
次の瞬間、耳元でかすかな声が聞こえた。
私は全身が震え、手足の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになった。誰かが私を見ている。背中を這うような視線を感じながら、どうにか振り返る勇気を振り絞って後ろを見た。
そこには何もいなかった。ただ、暗いリビングの空間が広がっているだけだった。
それでも、冷たい視線と気配はまだそこにあった。何も見えないのに、何かが確実にそこにいる。私はゆっくりと立ち上がり、玄関に向かって歩き出した。鍵を確認し、ドアノブを握りしめて外に出ようとするが、ドアが開かない。まるで誰かが外から押さえつけているかのようだった。
もう一度耳を澄ますと、今度は別の音が聞こえてきた。それは、ドアの向こう側、玄関のすぐ外で、何かが這いずり回る音。ゴリゴリと硬い何かが地面をこするような音が、玄関の向こうから聞こえてきた。私は恐怖でその場に動けなくなり、ただその音を聞き続けるしかなかった。
音は次第に大きくなり、玄関のドアを叩くかのような音に変わっていった。
「ドンドン」と規則的に叩かれる音が、静かな夜の中で不気味に響き渡る。私は全身が固まり、ただ震えることしかできなかった。外には何がいるのか、確認する勇気もなかった。
その夜、私は一睡もできなかった。足音はその後も時折、家の中を歩き回るように響き続けた。私はそれに怯えながら、ただ朝を迎えるのを待つしかなかった。
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