お客さん 前編
私が大学生だった頃、古びたアパートで一人暮らしをしていたときのことです。そのアパートは築年数が相当経っていて、外観はひび割れた壁に苔が生え、窓枠は錆びついていました。建物全体が時折ギシギシと音を立て、風が吹くと軋む音が聞こえるのも日常茶飯事でした。
周囲には同じように古びた家々が立ち並んでおり、特に夜になると、街灯も少なく一層の薄暗さが広がっていました。それでも私はこの場所に愛着があり、特に不便も感じず、穏やかな一人暮らしを続けていました。
その夜も、いつもと同じように深夜まで課題を進めていました。パソコンの画面に集中していると、時刻がすでに午前2時を過ぎていることに気づきました。周りは静まり返り、聞こえるのは自分のタイピング音だけ。
外の空気も重苦しく、何とも言えない異様な静けさが漂っていました。ふと、そんな静寂の中で、外からかすかに音が聞こえてきました。それは、まるでドアをゆっくりと叩くような音でした。
最初は気のせいかと思い、無視してパソコンに集中しようとしました。しかし、その音は次第に大きくなり、明らかに私の部屋のドアを叩いていることがわかりました。こんな深夜に誰だろう…不安が胸をよぎります。心臓がバクバクと音を立て、息が詰まりそうな感覚に襲われました。
だが、無視することはできず、意を決して立ち上がり、ゆっくりとドアの方へ向かいました。
ドアに近づくにつれ、その叩く音はますます強く、間隔も短くなっていきました。ドアの覗き穴を覗こうとしたものの、暗すぎて何も見えませんでした。不安がピークに達し、ドアチェーンをかけたまま、ほんの少しだけドアを開けました。冷たい空気が一気に流れ込んできて、鳥肌が立つのを感じました。
ドアの隙間から覗いた瞬間、私の視線の先には、知らない男が立っていました。暗がりの中でも、その顔がはっきりと見えました。年齢は40代くらいでしょうか。髪は乱れ、顔色は土気色で、生気を感じさせない無表情。その目は私をじっと見つめていました。全くの見知らぬ人でしたし、なぜここにいるのか全くわかりませんでしたが、その場を逃げ出したくなるような恐怖が全身を駆け巡りました。
「何か御用ですか?」声が震えないように必死で平静を装って尋ねました。しかし、その男はしばらく何も言わず、ただ無言で私を見つめ続けていました。その沈黙がさらに恐怖を増幅させました。やがて、男はゆっくりと口を開き、低い声でこう言いました。「ここに住んでいるのか?」
その言葉が何を意味するのか、全く理解できませんでした。なぜそんなことを聞くのか、その意図が読めず、頭が混乱しました。しかし、恐怖心から逃れるために、「はい、住んでいます」と短く答えました。すると男は「そうか…」とつぶやき、また沈黙に戻りました。
その沈黙が続く中、何か言うべきか、ドアを閉めるべきか迷っていると、男は突然、身を翻して階段を降りていきました。その背中が見えなくなるまで、私はドアの隙間から動けずに立ち尽くしていました。やっとのことでドアを閉め、チェーンを外し、鍵をかけた瞬間、全身が緊張から解放されたかのように崩れ落ちました。手足が震え、心臓の鼓動が耳元に響くほど強く感じました。
その夜は、結局朝まで一睡もできませんでした。あの男が再び現れるのではないか、もう一度ドアを叩かれるのではないかと、恐怖が頭から離れず、ベッドに入っても目が冴えたままでした。
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