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赤い郵便ポスト 後編
数日が過ぎ、私はあのポストと手紙のことを何とか忘れようと努めていた。
しかし、心の奥底では何かがうずき続けていた。「お前が次だ」という言葉が、まるで呪いのように頭の中にこびりついて離れない。昼間の仕事中も、夜の静寂の中でも、その言葉は私を追いかけ、心に重くのしかかっていた。
その夜、私はまたしてもあのポストの夢を見た。
夢の中で、あの赤いポストが家の前に現れ、錆びた口を大きく開けていた。ポストの口からは黒い霧のようなものが流れ出し、その中から長い手が伸びてくる。まるで生き物のように動き、私に向かってゆっくりと迫ってきた。夢の中でも私は逃げようとするが、体は動かず、足元がすくわれるような感覚に襲われる。
手が私に触れる直前、私は叫び声を上げて目を覚ました。
冷や汗でびっしょりになりながら、荒い呼吸を整えた。夢だと分かっていても、その恐怖は現実と変わらないほど生々しかった。ベッドの中でしばらく動けずにいたが、やがて冷静さを取り戻し、夢だと自分に言い聞かせた。だが、どうしても胸騒ぎが収まらない。
その時、家の外から「カタン、カタン…」と妙な音が聞こえてきた。まるであのポストが風に揺られているかのような音だ。そんなはずはない、あのポストは通りの片隅にあるはずだ。
恐る恐るカーテンを少しだけ開けて外を覗くと、驚愕の光景が目に飛び込んできた。
そこには、あの赤く錆びたポストが、家の前に立っていたのだ。まさか、そんなことが現実に起こるわけがない。夢と現実が入り混じり、頭が混乱してしまう。私はしばらくその場で固まり、ポストを見つめていた。ポストは、まるでずっとそこにあったかのように佇んでいたが、確かに昨夜までそこにはなかった。
「どうして…?」
私は恐怖に駆られながらも、目をそらすことができず、外へ出る決心をした。心臓が早鐘を打ち、足が震えるのを感じながらも、ポストに近づいていく。近づくにつれ、ポストの口が少しだけ開いていることに気がついた。まるで中を見ろ、とでも言っているようだ。
喉が乾き、手のひらには汗がにじむが、私はポストの口の中を覗き込んでしまった。
暗闇の中には、何かがいる。じっとこちらを見つめているのを感じた。その存在が私を捉えている。呼吸が浅くなり、心臓が激しく鼓動する中、ふいにポストの中から白い手が現れた。
それは夢の中で見たのと同じ、細長い手だ。その手がゆっくりと伸び、私に向かって動き始めた。
「来るな…」
私は恐怖で後ずさったが、足がすくんで動けない。その手はさらに近づき、今にも私を掴もうとする瞬間、ポストの口から声が響いた。「次は、君だ…」その言葉は、ポストの奥底から響いてきたもので、あまりにも冷たく、どこか絶望的な響きだった。
その時、私は意識が薄れていくのを感じた。目の前の光景が徐々にぼやけ、耳鳴りが響く中で、何とかその場から逃げ出そうと試みた。だが、体はまるで凍りついたかのように動かない。
ポストの口からさらに多くの手が現れ、それらが私を引き込もうとしていた。私は必死に抵抗するが、その力はあまりにも強かった。
視界が暗くなっていく中、最後に見たのは、ポストの中から無数の目がこちらをじっと見つめている光景だった。その目は虚ろで冷たく、何かを訴えかけていた。やがて、完全に意識が途絶える寸前、再び声が耳元で囁いた。
「次は、君だ…」
気がついた時、私は自宅のベッドの上にいた。夢だったのか、それとも現実だったのか、区別がつかない。心臓はまだ激しく鼓動し、体中が汗で冷たくなっていた。私は起き上がり、ふとカーテンを開けて外を確認した。そこには、何もなかった。ポストは通りに戻ったのか、あるいは最初から何も存在していなかったのかもしれない。
しかし、どこかでそのポストが再び私を呼び、次の「誰か」を探している気がしてならなかった。私は再びあの通りを通ることを恐れ、二度とその場所に近づかないよう決心した。
だが、心の片隅では、あのポストがまだ私を見ているのではないかという不安が消えないのだった。
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