震災と女
私の祖母が語ってくれた話です。彼女は関東大震災の時、まだ幼く、小さな町に住んでいました。その日は朝から不穏な空気が漂い、地震が起きる直前には、鳥たちが一斉に空を飛び立ち、犬が吠え続けていたといいます。しかし、誰もその異常に気づかず、日常の仕事や生活に没頭していました。
地震が発生した瞬間、祖母は家の中で遊んでいました。家全体が激しく揺れ、床が波打つように感じられたため、祖母は恐怖で動けなくなりました。天井から埃が舞い落ち、家具が倒れ、窓ガラスが粉々に砕け散る音が鳴り響きます。祖母は母親の腕の中に飛び込み、震えながらその場に身を寄せました。家は何とか持ちこたえましたが、外に出ると、街は一変していました。
建物は崩れ、通りは瓦礫で埋め尽くされ、煙があちこちから立ち上っていました。人々は皆、泣き叫びながら逃げ惑い、火災から身を守るために避難場所を探していました。祖母たちもその一部となり、逃げる途中で彼女はある奇妙な光景に目を奪われました。
祖母がふと立ち止まり、見渡すと、瓦礫の山の中に一人の若い女性が立っているのが見えました。彼女の着物は火災で焼け焦げ、髪も乱れていますが、どこか非現実的なほど美しく、静かな雰囲気を纏っていました。彼女は周りの混乱に無関心で、ただじっとその場に立ち尽くしていました。その手には、古びた櫛が握られており、まるで何かを待っているかのようでした。
祖母はその女性に引き寄せられるように近づき、「大丈夫ですか？」と声をかけました。すると、女性はゆっくりと顔を上げ、無表情のまま祖母を見つめました。その目は深い闇のようで、まるで底知れぬ悲しみを秘めているように感じられました。
「一緒に…ここに残りましょう…」女性は、優しく微笑むような声で囁きました。その言葉には、不気味なほどの力があり、祖母の心に深く突き刺さりました。祖母はその言葉に凍りつき、恐怖に駆られてその場を離れました。しかし、その瞬間、彼女の耳に奇妙な音が聞こえてきました。
地面の下から、かすかな叫び声や囁きが聞こえるのです。それは一つではなく、何百、何千もの声が混ざり合っているようでした。まるで地中に閉じ込められた魂たちが助けを求めているかのように、声は次第に大きく、そして激しくなっていきました。
祖母は恐怖に駆られ、急いで母親のもとに戻りましたが、その後もあの女性の顔と地面の下から響く声は、彼女の記憶から消えることはありませんでした。数年後、祖母は成長し、あの日の出来事を再び確認したいという思いに駆られ、あの場所を訪れました。
驚くべきことに、あの女性が立っていた場所は、かつて大勢の人々が埋もれて亡くなった場所だったことが判明しました。家々が倒壊し、火災が広がり、多くの人々がその地で命を落としたのです。その女性は、きっとその場所に縛られたまま、未だに成仏できずにいる魂だったのでしょう。
祖母はその後も、あの日のことを思い出すたびに、あの女性の言葉と、地面の下から聞こえる声に心を揺さぶられるといいます。震災がもたらしたのは、ただの破壊と悲しみだけではなく、今もなおその地に残る、救われることなく彷徨い続ける魂たちの叫びであったのかもしれません。
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