夏の忘れ物
夏の盛りも過ぎ、夜の風が少し冷たさを感じるようになった頃。僕は大学の友人たちと、海辺のキャンプ場に来ていた。昼間は海水浴やバーベキューを楽しみ、夜は焚き火を囲んで語り合った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けば深夜。友人たちは疲れ果ててテントに戻り、一人焚き火を見つめていた。波の音と虫の声が静かな闇に溶け込み、どこか寂しい気持ちになった。
その時、ふと視界の端に白いものが揺れるのが見えた。目を凝らすと、それは白いワンピースを着た少女だった。長い黒髪を風になびかせ、こちらを見つめている。
「こんな時間に、どうしたの?」
僕は恐る恐る声をかけたが、少女は何も答えず、ただじっと見つめている。その目はどこか悲しげで、吸い込まれそうなほど深かった。
「迷子になったの?それとも…」
言葉を続けることができなかった。少女の足元には、濡れた砂浜に裸足のまま立っていた。まるで海から上がってきたばかりのように。
その時、背筋に冷たいものが走った。少女の白いワンピースは、所々に赤い染みが付いていた。それはまるで、血のように見えた。
恐怖に駆られた僕は、慌ててテントに戻ろうとした。しかし、足がすくんで動けない。振り返ると、少女は消えていた。
安堵のため息をついたのも束の間、今度はテントの中から友人の悲鳴が聞こえた。急いで中に入ると、友人の一人が震えながら指差した。そこには、テントの入り口に少女が立っていた。
「助けて…」
友人の声が震えている。少女はゆっくりと近づき、手を伸ばした。その手は、血で真っ赤に染まっていた。
僕は叫び声を上げ、目を覚ました。辺りはまだ暗く、友人たちはぐっすり眠っていた。夢だったのかと胸を撫で下ろしたが、テントの入り口には、確かに濡れた足跡が残っていた。
夏の終わりを感じさせる、あの冷たい夜の恐怖は、今も僕の記憶に深く刻まれている。そして、あの少女の悲しげな瞳と、血染めのワンピースは、決して忘れることができない。
夏の終わりは、いつも少し怖い。それは、終わりゆく夏への寂しさと、何かが終わることで始まる新たな何かへの不安が入り混じった、複雑な感情なのかもしれない。そして、あの夜の出来事は、夏の終わりがもたらす不思議な恐怖を、僕に教えてくれたのかもしれない。
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