言葉にできない恐怖
ある山奥の村には、決して言葉にしてはならない存在がいるという古くからの言い伝えがありました。その存在について語ることは禁忌とされており、理由は語り継がれることはなく、ただその恐怖だけが村人たちの心に深く根付いていました。
村は静かな佇まいを見せ、外界からは隔絶された場所でした。人々はその静寂を守るかのように、日々を過ごしていました。だが、ある日、都会から来たジャーナリストがその地を訪れました。彼は、村に漂う異様な空気と、村人たちの無言の恐怖に興味を引かれ、真相を探ろうと決意しました。
村の老人たちは、何度も彼に警告しました。「ここには触れてはならないものがある。それは決して言葉にしてはならないものだ。」だが、彼の探求心はその警告を無視しました。彼は山中を歩き回り、古い文献や伝承を調べ、ついにその存在に関する情報を手に入れました。
ある日、ジャーナリストは山の奥深くで苔むした古い石碑を発見しました。
それは村でも最も恐れられている場所でした。石碑には奇妙な文字が刻まれており、それを読み解くことで、彼は何かを解き放ったのです。彼はその場で異様な寒気を感じ、何かが彼の体の中に入り込む感覚に襲われました。
村に戻った彼は、急いでその発見を村の老人たちに報告しました。しかし、口を開いた瞬間、彼の言葉は凍りつき、声が出なくなりました。彼は必死に伝えようとしましたが、喉は痙攣し、言葉は意味を持たなくなりました。それどころか、彼が無理に言葉を発しようとするたびに、周囲の空気が歪み、目に見えない何かが村全体に広がっていくような感覚が襲いました。
翌朝、村の若者がジャーナリストの宿泊していた家を訪れました。彼は何かに取り憑かれたかのように、異様な姿勢で硬直していました。目は虚ろで、口は不自然に大きく開かれ、言葉にならない呻き声を上げていました。彼の周りには奇妙な影が揺らめき、触れようとした若者はすぐに手を引っ込めました。そこには、言葉で表せない何かが確かに存在していたのです。
その日以降、村では異変が次々と起こり始めました。言葉を発しようとする者は皆、突然声を失い、次第に意識が遠のき、やがて姿を消していきました。家々では不気味な囁き声が聞こえるようになり、村の人々は恐怖で外に出ることもできなくなりました。
その存在が広がり、村全体を覆い尽くしていることは誰の目にも明らかでした。しかし、それが何であるかを説明することは誰にもできませんでした。それを言葉にすること自体が、さらなる恐怖を招くと知っていたからです。
やがて、村は完全に無人となりました。外の世界との連絡は途絶え、村は地図からも消えました。言葉にできない恐怖は、今もその場所で密かに息づいていると言われています。誰もその場所に近づくことはなく、その存在について語る者もいなくなりました。
そして、その話は、決して言葉にしてはならないという禁忌の形で、外の世界へと広がり続けるのです。語られないままに、言葉にできない恐怖が、密かに伝染していくのです。
コメント