祭りの帰り道
夏祭りの喧騒が徐々に遠のき、静寂が戻りつつある夜の街。美咲は友人たちと別れ、家への帰り道を一人で歩いていた。夜風は涼しく、浴衣の袖を軽く揺らしていた。提灯の明かりがまばらに灯る小道は、祭りの余韻を残しつつも、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
賑やかな通りから外れて、人通りの少ない細い道に差し掛かった時、ふと背後に冷たい視線を感じた。振り返っても誰もいない。ただ、街灯の影が地面に長く伸びているだけだった。
「気のせいか……」
美咲は小さく呟き、歩みを進めた。しかし、背後に何かが確かに存在する気配が拭えない。その時、静寂を破るようにして、背後から足音が聞こえてきた。タッ、タッ、タッ……。まるで自分の足音を真似するかのように、規則正しいリズムで迫ってくる。
心臓が早鐘を打つように鼓動し、美咲は不安を抑えきれずに歩く速度を上げた。足音もそれに呼応するように速くなる。まるで追い立てられるような気分にさせられ、美咲の呼吸が次第に浅くなる。
「誰か……?」
その問いかけは夜の闇に吸い込まれ、返事はなかった。ただ、足音が響き続けるだけだ。美咲は恐怖心を振り払いながら、再び振り返った。だが、薄暗い道には誰もいない。道端の木々が風に揺れているだけで、そこには何の異常もないように見えた。
しかし、違和感が増していく。足音は確かに存在するのに、姿が見えない。美咲は全身に冷や汗をかき、もう一度歩き始めた。今度は小走りだ。だが、足音はまるで彼女の背後にぴたりと張り付いているかのようについてくる。タッ、タッ、タッ……。
家が近づくにつれ、美咲は思い切って走り出した。浴衣の裾が風を切り、草むらに擦れる音が耳に届く。しかし、どれだけ速く走っても、足音はそのすぐ後ろで響き続ける。心臓が喉元まで跳ね上がりそうな恐怖感に、目の前がかすむ。
やっとの思いで家の門にたどり着き、震える手で鍵を取り出す。足音がさらに激しく響き渡り、心臓の鼓動と一体化するかのようだった。なんとか玄関のドアを開け、中に飛び込むと、足音がぴたりと止んだ。振り返る勇気もなく、ドアを強く閉め、美咲はその場に崩れ落ちた。
深く息を整え、震える手でスマホを取り出したその瞬間、ドアの向こうから微かな音が聞こえた。カサッ、カサッ……まるで誰かがドアの前で立ち止まり、じっとこちらを伺っているかのような音だ。美咲は恐怖に凍りつき、しばらく動けなかった。
やがて、その足音がドアのすぐ前で止まり、静寂が戻る。息を潜めて耳を澄ますが、何も聞こえない。ただ、ドアの向こうに何かがいるという確信だけが胸に残る。
「誰……?」
美咲が絞り出すように呟いたその瞬間、ドアが激しく叩かれた。ドンッ、ドンッ、ドンッ……その音は容赦なく響き渡り、家全体に不気味な振動を伝えた。恐怖に包まれた美咲はその夜、一睡もできなかった。
翌朝、恐る恐るドアを開けると、そこには誰もいなかった。しかし、地面には奇妙な足跡がいくつも残されていた。泥だらけの足跡が、まるで夜の出来事を物語るかのように玄関先に続いていた。
それは美咲のものではなく、得体の知れない何者かのものだった。美咲はその後、二度と一人で夜道を歩くことはなかった。
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