日南海岸に眠る伝説
宮崎県日南市、太平洋に面した美しい海岸線。その日南海岸沿いの小さな漁村、鵜戸。海と太陽の恵みを受けるこの村には、古くから伝わる哀しい伝説があった。
「満月の夜、海から人魚が現れる。それは、かつて漁師に捕らえられ、陸に閉じ込められた人魚の魂が、海に戻りたいと願い彷徨う姿…」
村人たちは、この伝説を胸に秘め、満月の夜は決して海に出ないよう戒めていた。
都会の喧騒を離れ、鵜戸に移住してきた女性ライター、凛子は、この伝説に興味を抱いた。
美しい人魚の姿を記事にしたいと願う彼女は、ある満月の夜、海岸へ向かった。
波の音だけが静かに響く砂浜。月明かりに照らされた海面をじっと見つめる凛子の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
海の中から、銀色に輝く人魚が現れたのだ。長い黒髪を波に揺らし、透き通るような白い肌。その姿は、まるで月の光を浴びて生まれた妖精のようだった。
凛子は、息をのむ美しさに言葉を失いながらも、必死にメモを取った。人魚は、悲しげな瞳で凛子を見つめ、ゆっくりと海の中へと消えていった。
自宅に戻った凛子は、興奮しながら記事を書き上げた。しかし、人魚の姿を詳細に描写しようとすればするほど、言葉がうまく出てこなかった。まるで、人魚の悲しみが、凛子の心を塞いでいるようだった。
伝説の真相を探るため、凛子は村の古老に話を聞くことにした。古老は、かつて村の漁師が網にかかった人魚を捕らえ、見世物にしたことを語った。人魚は、狭い水槽の中で弱り果て、やがて息絶えてしまったという。
凛子は、人魚が海に戻りたいと願うのも当然だと感じた。そして、記事の人魚が、捕らえられた人魚の魂だと確信した。
次の満月の夜、凛子は再び海岸へ向かった。そして、海に向かって語りかけた。
「あなたの魂は、もう自由です。どうか安らかに海へお帰りください」
すると、海面が輝き、人魚の姿が現れた。人魚は、穏やかな表情で凛子を見つめ、深く頷くと、月の光の中に消えていった。
それ以来、人魚の姿を見た者はいない。しかし、満月の夜には、美しい歌声が海から聞こえてくるという。それは、人魚の魂が、ようやく海に戻り、安らぎを得た証なのかもしれない。
凛子は、人魚との出会いを記事にすることはなかった。それは、人魚との約束であり、哀しい伝説を後世に伝えるための、彼女なりの決意だった。
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