泣く子地蔵
秋田県鹿角郡、深い山々に囲まれた静かな集落。その奥深く、苔むした細い山道を登った先に、古びた地蔵が一つ佇んでいた。地元の人々は、この地蔵を「泣く子地蔵」と呼び、畏怖の念を抱いていた。夜な夜な地蔵の目から黒い涙が流れ、すすり泣く声が聞こえるというのだ。
ある夏の夜、キャンプ場から抜け出した大学生グループが、この不気味な伝説を確かめるべく地蔵を目指した。グループは、リーダー格の勇太、オカルト好きの彩香、冷静沈着な翔太、そして少し臆病な奈々の四人。懐中電灯の明かりを頼りに、闇に包まれた山道を登っていく。
月明かりに照らされた地蔵の姿が見えた時、奈々は思わず声を上げた。「見て!本当に泣いてる!」
地蔵の目からは、まるで墨を流したような黒い涙がツーッと流れ落ち、ひび割れた口からはすすり泣く声が漏れていた。その光景に、勇太は息を呑み、彩香はゾッとした。翔太だけが冷静さを保ち、「伝説は本当だったのか…」と呟いた。
その時、彩香が地蔵の足元に小さな石碑を見つけた。そこには、風雨にさらされてかすれた文字でこう刻まれていた。
「昭和九年二月 大雪崩 村童十七名遭難」
彩香は言葉を失った。この地蔵は、かつて雪崩で命を落とした子供たちの供養のために建てられたものだったのだ。そして、子供たちの無念が地蔵に乗り移り、夜な夜な泣いているのかもしれない。
「かわいそうに…」奈々は涙をこらえきれなかった。
翔太は、この状況を打開するため、提案した。「子供たちの霊を慰めるために、何かできることはないか?」
四人は輪になり、手を合わせ、心から子供たちの冥福を祈った。勇太はリュックからお菓子を取り出し、地蔵の前に供えた。すると、不思議なことに地蔵の涙はピタリと止まり、すすり泣く声も聞こえなくなった。
深い静寂が山を包み込む。四人は、地蔵に深く頭を下げて山を下りた。
その後、この地蔵が泣くことは二度となかったという。しかし、地元の人々は今でもこの地蔵を「泣く子地蔵」と呼び、子供たちの霊が地蔵の周りで遊んでいると信じている。
そして、月明かりが地蔵を照らす夜には、時折子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえるという。それは、慰められた魂たちが、安らかに眠りについた証なのかもしれない。
コメント