独り言
「もう嫌だ、消えたい…」
深夜2時、恵は一人暮らしのマンションのリビングで、深い溜息をついた。連日の残業で疲れ果て、心身ともに限界だった。その言葉は、心の奥底から絞り出された、切実な叫びだった。
次の瞬間、部屋のシーリングライトがチカチカと点滅し、一瞬だけ部屋が暗闇に包まれた。
「え?停電…?」
恵は驚き、慌ててスマホのライトをつけた。しかし、すぐに部屋は元の明るさに戻り、テレビも問題なく映っていた。
「気のせいかな…」
恵は首を傾げながらも、再びソファに深く腰掛けた。つけっぱなしのテレビからは、深夜のバラエティ番組の笑い声が虚しく響く。
その時、視線を感じた。ゾクリとした寒気が恵の背筋を駆け上る。気のせいだと自分に言い聞かせながらも、恐る恐る部屋の隅に置かれたアンティークの姿見に目をやった。
次の瞬間、恵は息を呑んだ。
鏡の中に、見知らぬ女が立っていた。
長い黒髪を無造作に垂らし、白いワンピースをまとった女は、顔半分を影に隠していた。しかし、月明かりに照らされた目は、異様な光を放ち、恵をじっと見つめていた。
恐怖で声も出ない。心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動する。テレビのリモコンを握りしめ、チャンネルを変えようとするが、手が震えてボタンが押せない。
女はゆっくりと鏡の中から這い出し、白い足がフローリングに触れる音が不気味に響く。部屋の中央に立った女は、まるで生気のない人形のようだった。
「…消えたいの?」
女の声は、耳元で囁かれたように聞こえた。それは、まるで氷のように冷たく、恵の心を凍りつかせた。
恵は恐怖で後ずさり、バランスを崩してソファから転げ落ちた。それでも、女はゆっくりと、しかし確実に、恵へと近づいてくる。
「私が…手伝ってあげる」
女は白い手を伸ばし、恵の顔に触れようとした。その指先は、まるで死人のように冷たかった。
「キャー!」
恵は叫び声を上げ、部屋を飛び出した。廊下を走り、非常階段を駆け下りる。息も絶え絶えになりながら、マンションのエントランスに飛び出した。
外は夜明け前で、人気はない。恵は震える手でスマホを取り出し、110番通報した。
駆けつけた警察官たちは、恵の部屋を隅々まで捜索したが、女の姿はどこにもなかった。恵の部屋は、まるで何もなかったかのように静まり返っていた。
恵は警察署で事情聴取を受けた後、近くのホテルに身を寄せた。しかし、あの女の顔が脳裏に焼き付いて離れず、一睡もできなかった。
翌日、恵は引っ越しを決意した。そして、二度とあのマンションには戻らないと心に誓った。
コメント