35,000フィートの恐怖
深夜2時。太平洋上空を飛ぶNH10便の機内は、静寂に包まれていた。窓側の席に座っていた私は、不眠症のせいで眠れず、窓の外をぼんやりと眺めていた。
漆黒の闇が広がる中、眼下に広がる雲海は、まるで薄明かりに照らされた雪原のようだった。その中を、ぽつんと輝く街の灯り。それは、暗闇の中に浮かぶ希望の光のように見えた。
しかし、その安らぎは長くは続かなかった。突如、機体が大きく揺れ始めたのだ。不意打ちのような揺れに、私は思わずシートにしがみついた。
「ただいま、気流の悪いところを通過しております。シートベルトをしっかりと締めて、お席にお座りください」
客室乗務員のアナウンスが、緊張感を高める。乗客たちは一様に不安げな表情を浮かべ、中には祈りを捧げる者もいた。
揺れが少し収まった頃、私は再び窓の外を見た。すると、さっきまであった街の灯りが、跡形もなく消えていた。どこまでも続く漆黒の闇。それは、まるで底なし沼のように、私を飲み込もうとしているようだった。
「あれ……?」
私は思わず息を呑んだ。暗闇の中に、ぼんやりとした光が見えたのだ。それはゆっくりと、しかし確実に、こちらに向かってきている。
光は次第に大きくなり、その形がはっきりと見えてきた。それは、巨大な鳥のような形をしていた。翼を広げると、優にジャンボジェット機よりも大きい。その翼は、まるでコウモリのように薄く、不気味な光を放っていた。
鳥の体は、黒曜石のように滑らかで、光を反射して鈍く輝いている。そして、その顔には、鋭く曲がったくちばしと、獲物を狙うかのようにギラギラと光る黄色い目があった。
鳥は、まるで獲物を見つけたかのように、飛行機に向かって急降下してきた。その姿は、まるで地獄から舞い降りた悪魔のようだった。
私は恐怖で体が硬直し、声も出なかった。ただ、窓の外に広がる悪夢のような光景を、呆然と見つめることしかできなかった。
次の瞬間、鳥は飛行機の真横にまで迫ってきた。その巨大な翼は、窓を完全に覆い隠し、機内を暗闇に包んだ。私は、鳥の鋭い爪が窓ガラスに触れる音を聞いた。それは、まるで死神の鎌が振り下ろされる音のように、私の心を凍りつかせた。
機体が大きく傾き、悲鳴が機内に響き渡った。私はシートにしがみつき、目をぎゅっと閉じた。
どれくらいの時間が経っただろうか。揺れが収まり、恐る恐る目を開けると、鳥の姿は消えていた。窓の外には、再び雲海が広がり、遠くには街の灯りが煌めいていた。
あれは、夢だったのだろうか?それとも、現実だったのだろうか?
私は、あの夜の出来事を誰にも話すことはなかった。しかし、あの恐ろしい鳥の姿は、今でも私の脳裏に焼き付いている。そして、飛行機に乗るたびに、窓の外を不安げに見つめてしまうのだ。
あの鳥は、一体何だったのか?それは、今でも分からない。しかし、あの日、私は確かに、この世のものとは思えない恐怖を味わったのだ。
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